湿度で伸びる、ハイグラル・エキスパンション その1
ウール製品は湿気を吸うと寸法が伸びる
天然繊維を使った製品の多くは、わずかですが湿度によって寸法が変化します。これをハイグラル・エキスパンション(Hygral Expansion: 略記 HE)といいます。一般的に天然繊維はこのような挙動を示しますが特に羊毛では顕著に現れます。
天然繊維の湿度に応じた寸法変化を利用したものに「毛髪湿度計」があります。これは毛髪の長さ方向の伸縮を利用したもので湿度に応じた毛髪(最初は金髪が用いられていたそうです)の伸縮をてこの原理で拡大して湿度を表すものです。精度は低いですが現在でも美術館などで使用されています。
HEのメカニズムは別途詳しく説明いたしますが、その原因は繊維の膨潤です。羊毛は吸湿することで繊維直径が最大16%、繊維長が1%増大します。この繊維直径方向の増大により、湿気を含むと織物の寸法が長くなり、乾燥すると元に戻る(可逆変化)現象が起こります。
ハイグラル・エキスパンションの功罪
HEが大きいと困ること
実際にHEが起こるとどうなるのでしょうか?HEは元の寸法からの伸縮を%で表し、0%~10%程度認められます。
HEが大きいと、例えば10%あると40cmの袖が44cmに、なんと4cmも長くなることになります。もっともこれはよく乾燥したところから十分に湿潤した場合までの最大数値で、実際のパーツ裁断・縫製はこの間の湿度下で行われるのでこれほど大きくはならないとは思います。
逆に東南アジアなどで極端に高い湿度下で裁断・縫製されると製品になってから縮む場合もあります。とはいうもののHEが2cmもあると1サイズ以上伸びることになり、また全体的に垂れ下がるような型崩れをして仕立て映えが悪くなってしまいます。HEは5%程度に収めるのが好ましいといわれています。
HEがないと困ること
ではHEは単に厄介者で無いほうがいいのでしょうか?メンズスーツがウールで出来ている理由の一つが ”適度なHEがあること” です。メンズスーツはレディススーツのようにダーツを入れたりすることなく、決められたパーツ構成で立体感を表現しなければなりません。構造的にはレディススーツは紙風船(複数のパーツで立体を構成)、メンズスーツはゴムまり(1枚で立体を構成)のようなイメージです。
平面の織物一枚で立体を構成する方法に「イセ込み」があります。これは寸法の異なるパーツ同士を縫製することで立体を形成するものです。例えば肩で前身と背身が縫製される部分では、前身のほうが少し短くなっています。この寸法の異なるパーツ同士が縫い合わされることで自然と肩が背中より前に出る、ヒトの形に添うようになります。
寸法の異なるパーツを無理に縫い合わせると歪が生じ、縫い目に沿ってパッカリングと呼ばれる見苦しい波打ちが発生します。適度なHEがあるウールの場合はアイロンスチームで短いほうを加湿して伸ばしてから縫い合せたり、縫製後に蒸気を当てて内部の歪を分散させることでパッカリングの発生を抑制することができます。
ポリエステルが混紡されるとHEは著しく減少(0~1%程度)して、寸法安定性上は有利なのですが、十分なイセ込みができません。そのためパーツの寸法差を小さく設計するため、本来の立体感のあるスーツを作ることは難しくなります。
おわりに
HEは呼吸する繊維だけが持つ、不思議な自然現象です。平面の織物から自然な立体を形成するうえで重要な役割を果たしますが、大きすぎるのも寸法安定性が悪くて困ります。次回はハイグラル・エキスパンションの原理と抑制法について説明したいと思います。
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